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1個の細胞が分裂するときには、その数億文字が書き写されることになり、また、その数億文字の書き写しを毎日、数千億回おこなっていることになります。
何文字を毎日、書き写すことになるかは、数億×数千億となり、もう数字の単位を知りませんが、気の遠くなる話です。 これでは、どんなに優秀な技術者がどんなに正確なコンピュータを使おうが、複製ミスが毎日かなりの数で出たとしても、やむを得ないことになるで、先ほど、がん化の過程を段階に分類しましたが、くつの視点から見た場合、「潜在がん」と「臨床がん」という2段階に大別することもできます。
潜在がんとは、一般の検診(画像診断など)では見つけることの難しいがんであり、一方、臨床がんは、文字どおり治療の対象となるがんで、ふつうは1センチ以上の大きさになったものこうしたDNAの複製ミスによって間違った遺伝情報が伝えられると、本来の設計図にない異常なタンパク質をつくったり、必要不可欠なタンパク質をつくらない細胞が生まれます。 このタンパク質が、細胞の正常な分裂や増殖の制御に本質的にかかわっているものであると、やがて無原則的な分裂を始めて増殖し、大きな腫傷に成長していく可能性があります。
これががん細胞とよばれるものです。 一般には、イニシエーターの刺激自体が発がんの引き金となると考えられていますが、そうした刺激よりむしろ、偶発的に生じるDNAの複製ミスが、じつは発がんの要因として意外に大きな割合を占めているのです。

イニシエーターはこのDNAの複製ミスの頻度を高めるものなのです。 早期診断方法がすすんだ現在、がんによっては5ミリ程度の大きさで見つかる例があったり、また、ごく最近では、1ミリ以下のがんを発見できる方法を開発した研究機関もあります。
ただ、こちらはまだ動物実験の段階であり、人間への臨床応用にはもうしばらく時間を要すると思われます。 現状では、5ミリから1センチの大きさが、潜在がんと臨床がんを画する分岐点といってよいでしょう。
がんは私たちが自覚しないところでひそかに進行することが多く、治療の対象となる臨床がんよりも、潜在がんである期間のほうがはるかに長いといえます。 また、臨床がんにも、手術で切除できて治癒する可能性が高い「早期がん」と、切除することが難しく治癒することが困難になる「進行がん」があります。
がんのすすみ具合によって、初期がん、中期がん、末期がんという表現もよく使われますが、医学的には早期がんと進行がんの2つに大別してとらえるのがふつうです。 がんの種類にもよりますが、一般に早期がんは自覚症状がないため、ふだん生活しているなかではなかなか気づきにくいものです。
これが進行がんになると、食欲不振や体重減少、全身けんたいかん倦怠感、しこり、出血、痛みなど、なんらかの自覚症状がはっきり表れてきます。 自覚症状が出るまで放置していた進行がんは、三大療法(手術、放射線、抗がん剤)の力をも「がんは不治の病でなくなった」といわれるような時代にあっても、やはり、怖い病気の最右に位置することは、だれも否定しえないところだと思います。
現にがんの宣告を受けたとき、よほど強い精神力の持ち主でないかぎり、しばらく落ち込んでなにも手につかなくなるのがふつうです。 なかには自分の不幸な運命を呪う人がいるかもしれません。
しかし、同じ慢性病でも、他の病気なら、けっしてこうはならないはずです。 「あなた、どうやら糖尿病みたいですね」「はあ、やっぱりそうでしたか」医者にいわれて、せいぜい過去の不摂生を反省し、明日からの食事制限をつらく感じる程度ですむのではないでしょうか。

がんの精神面に与えるダメージは、他の病気のそれと比べても、はるかに大きいといえます。 空しい結果に終わることが珍しくありません。
「早期発見・早期治療」と声高に叫進行したがんの勢いを食い止めるのに、従来型の標準治療ではどうしても限界がなるからです。 がんは「悪性腫傷」ともよばれます。
細胞が異常に増殖して1つの塊になったものを腫傷といいますが、これには、子宮筋腫や胃や腸にできるポリープのように、良性のもあります。 子宮筋腫は、子宮の筋線維がどんどん発育して不正出血や痛みなどをともないますが、良性の病気であって、まれに悪性に移行することはあっても、命取りになることはほとんどありません。
私などはよく両者を顕微鏡で観察するのですが、良性腫傷はまわりの細胞や組織を破壊せず、押しのけるようにして大きくなっていきます。 これに対して悪性腫傷であるがんは、ただ単に大きくなるだけでなく、まわりの細胞や組織を破壊しながら、染み込むようにひろがっていくのが特徴です。
これを「浸潤」といいますが、顕微鏡では、がん細胞が正常細胞と交わるように広がっていく様子が見てとれます。 他にがんの特徴としては、離れた場所に飛び火する「転移」という現象が見られることです。
転移についてはこの後でも触れますが、悪性と良性の違いは浸潤・転移するかしないかの点にあるといえるでしょう。 悪性腫傷であるがんは、周囲の臓器を圧迫して害をおよぼしたり、正常組織や隣接する臓器でしょう。
悪性腫傷であるがんは、転移するといいましたが、つねに転移するとはかぎりません。 がんには転移しているがんと、していないがんがあります。

たとえば肺がんを例にとると、最初に肺という臓器のどこか1か所に、がんが発生します。 それが1センチくらいに成長した段階(早期)で運よく見つかり、しかもどこにも転移していないことが確認できれば、これは肺という臓器に限定された局所、つまり肺の病気ということになります。
ですから、病巣を手術で切除すれば、比較的簡単に治すことができます。 ところが、診断された時点で進行がんであることがわかり、すでにくつの肺や肝臓、あるいはすでに周囲にひろがって腹膜をおかせば腹水がたまって苦しくなります。
脳に転移すれば脳細胞を破壊し、さまざまな神経症状が表れます。 あるいは、肺に転移して呼吸困難に陥ることもあります。
こうして生命の維持に必要ないろいろな臓器をむしばみ、ときに合併症を引き起こして腫傷の発生した宿主の命を奪ってしまうために、がんはどの病気よりも恐れられているのです。 逆に、進行しなければただのホクロと同じであって、これほど安全な病気もないといってよいのは脳や骨にまで転移していたということが性々にしてあります。
この場合は、臓器の病気というより、糖尿病や惨原病などの慢性疾患と同じ類の全身病であると考えなくてはいけません。 全身病であるがんは、とってもとってもどこからかグッグッ湧いてくるような感じで、手術ですべてとりきることは、技術的にも患者さんの体力を考えてもひじょうに困難です。
このように、がんは、転移のあるなしによって、全身病(治らないがん)であるか、臓器の病気(治るがん)であるかの2つに区別できます。 いいかえれば、がんは2つの顔をあわせもった特殊な病気であるといえるのです。
ここでがんの転移について簡単に説明しておきましょう。 がん細胞の中には、最初にできた病巣で成長していく過程で、周囲の正常な細胞と細胞の隙間をかいくぐり、血管壁を打ち破って血管内に入り込むものがあります。

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